トラック1はコンサートの始まりを告げる司会の言葉。自転車の鈴のような音がつつましい。そしてトラック2はイスラエル・ロペスの曲で「レデンシオーン」。イスラエル・ロペスは1930年代から1950年代にかけて活躍したキューバのミュージシャンで、オルランド・カチャイート・ロペスの叔父にあたるという。何も足さない。キューバの伝統的な音楽に根ざしたサウンド。しかし、何故か、背筋がぞくぞくとする「新しさ」を感じる。フレーズの工夫、間の取り方、楽器の音色、レコーディングの方法論、そういった微妙な部分が俺を興奮させてくれるのだろうか。何かをしながらでは気が付かないかも知れない。奇をてらった目新しさではなく、じっくりと聴き込んでこそわかる新しさがある。そんな曲がCDから流れ出してくる。
何度も聴くうち、この曲の持つ不思議な雰囲気の秘密がわかった。その鍵はハモンドオルガンのビッガ・モリソンBiggaMorrisonだ。ビッガモリソンはジャマイカ人を両親にもつロンドン生まれのミュージシャン。実に控えめであるが、曲の全体を通じて流れる彼のハモンド・オルガンが、レゲエの香りをそこはかとなく添えているのだ。トラック3の「2人の男の子」も同様に、ハモンド・オルガンの味付けが、キューバの伝統に微妙な新しさを加えている。
バンドの基本メンバーは、ベースがオルランド・カチャイート・ロペス、コンガとパーカッションがミゲル・アンガ・ディアスMiguelAngaDiaz、ティンバレスがアマディート・バルデスAmaditoValdes、ボンゴがカルロス・ゴンサーレスCarlosGonzalez、ギロとクラベスがアレハンドロ・ピチャルドAlejandroPichardo、ハモンドオルガンとクラビネットがビッガ・モリソン、エレクトリックギターがマヌエル・ガルバンManuelGalbanである。これらのメンバーに加えて、ほとんどのトラックに様々なソロイストが加わり、曲に変化をもたらしている。「2人の男の子」ではキューバでは有名なバイオリニスト、ペドロ・デペストレ・ゴンザーレスが参加している。残念ながら彼はこのアルバムが発表された後、アルバムリリースにあわせた欧州ツアーの最中に、スイスで公演中にステージで倒れて亡くなったという。
トラック4「トゥンバオでいこう」もイスラエル・ロペスの曲だ。マヌエル・ガルバンの大胆なギターワークによって、不思議な印象の曲に仕上がっている。そして続くトラック5「実験室のカチャイート」は文字通り実験的な曲。カチャイート・ロペスのオリジナルだ。ここではフランスのDJディー・ナスティDeeNastyがスクラッチ風のサウンドを使い、ヒップホップ調に仕上げられている。トラック6「トゥンバオNo.5(パパ・チャーリー・ミンガス)」ではJAZZのアプローチに近いカチャイート・ロペスのベースプレイが楽しめる。オリジナル曲だ。ここでのゲストプレイヤーはキューバ人テナーサックス奏者のラファエル・ヒミー・ヘンクスRafaelJimmyJenks。ブルース・フィーリングあふれる演奏だ。トラック7「コンベルサシオーン」もオリジナル曲で、ポリカルポ・ポロ・タマヨPolicarpoPoloTamayoのフルートで始まる。マヌエル・ガルバンのギターも素晴らしい。
トラック8「トゥンバンガ」は、カチャイート・ロペスとミゲル・アンガ・ディアス、そしてフリューゲルホーンのヒュー・マセケラHughMasekelaの3人による共作。冒頭のベース音に対するショートディレイが印象的だ。全体にディレイを多用した音作りは、ダブ的な雰囲気を感じさせる。曲の中ほどでは、エレクトリックベースでジュニア・ダンJuniorDanが少し違った雰囲気を持ち込む。ヘスス・アグアヘ・ラモスJesusAguajeRamosのトロンボーンとヒュー・マセケラのフリューゲルホーン、そして全体を通じてビッガ・モリソンのハモンドオルガンとクラビネットが透明感にあふれ、神聖な気持ちにさせてくれる。曲は流れるように切れ目なくトラック9「オラシオーン・ルクーミ」へと移っていく。ソロイストが次々と入れ替わりながら音を紡いでいく。このアルバム中で一番豪華な瞬間と言っていいだろう。
トラック10「ワイーラ」は、再びキューバの伝統に戻るかのごとき印象だ。この曲のゲストは、テナーサックスとハモンドオルガンのピー・ウィー・エリスPeeWeeEllis、トレスのファン・デ・マルコス・ゴンザーレスJuanDeMarcosGonzalez、そしてボーカルのイブライム・フェレールIbrahimFerrerだ。素晴らしい。イブライム・フェレールの歌声は、背筋が寒くなるほどの魅力がある。アルバムはここで大きな満足感と共に「中締め」の雰囲気となる。トラック11は実験的な曲で、最後にトラック12で拍手とともにメンバー紹介が行われ、コンサートが終わるような雰囲気でアルバムを締めくくる。
キューバ人ピアニストのルベーン・ゴンザレスRubenGonzalezとの演奏について、オルランド・カチャイート・ロペスの言葉が次のように紹介されている。「どちらかがリードするとか一歩先を進むというのではなく、相手のどんな小さな変化でも即座に反応することが大切なんだ。ある時にはベースのラインが首尾一貫した土台を全部用意して、それをもとに全曲を作り上げることもある。つまりその時にはベース・ラインが1つの時間の線のように常に維持される。一方では、誰かがメロディーを出し、そのインスピレーションにこちらが反応するという場合もある。インスピレーションは相手の個性とかスタイルによって大きく違ってくるけれども、ルベーンとやる時には彼の手の動きでわかるし、時には彼が視線や頭の動きで教えてくれることもある。彼が忙しく体を動かすのはベースをたくさん欲しがっている時で、そこから迫力のあるベースとピアノのやりとりが生まれる。」いかにもベース・プライヤーらしいオルランド・カチャイート・ロペスというミュージシャンの、音楽に対する姿勢がうかがえて興味深い。
このアルバムは2001年に発表された。このCDはワーナーミュージック・ジャパンから発売された日本版だ。このアルバムを含めて、俺が今まで聴いたワールド・サーキット/ノンサッチから発売されたブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ関連のキューバ音楽のアルバムは、全てが一生の宝物といえるほど素晴らしいものだった。まだまだ紹介したいキューバ音楽のアルバムがあるのだが、次からはちょっと趣向を変えようと思う。
2003.7.23