Ibrahim Ferrer (Buena Vista Social Club) / Ibrahim Ferrer


映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」で一番輝いて見えたのは、この人だった。小柄で風采のあがらぬ老人が、ひとたびマイクの前に立ち歌をうたいだすと、別人のように輝いて見えた。喉の奥底から震えるような張りのある艶やかな声。しかし、歌手としてのイブライム・フェレールの甘い声は、どうやら時流に合わなかったらしく、長いあいだ音楽から遠ざかっていたようだ。ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブでも、ハバナの街角で散歩を楽しんでいたイブライム・フェレールが、レコーディング当日にスタジオに呼ばれたという逸話が語られている。だが、この素晴らしい声が、どうして人々に忘れられようか。いま、このCDに耳を傾けながら思うのだが、おそらく彼の声をあますところなく記録できる録音技術が、当時のキューバにはなかったに違いない。そういう意味でブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブは、キューバの伝統音楽と素晴らしいミュージシャン、そしてライ・クーダーの音楽に対する熱い思いと、最新のテクノロジーが出会った「奇跡の瞬間」であったと言っていい。

アルバム「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」によると、イブライム・フェレールは1950年代に即興のスペシャル・シンガーとして活躍したそうだ。キューバの有名なミュージシャン、アルセニオ・ロドリゲス作曲による1曲目「ブルガ・マニグア」や、キューバでは「ボレロ」と呼ばれるスローなバラードの2曲目「エリド・デ・ソンブラス」もいいが、やはり3曲目「マリエータ」のようなダンサブルな曲でイブライム・フェレールの魅力が引き立つ。4曲目の「グァテケ・カンペシーノ」は「グアヒーラ」と呼ばれるスタイルで、ゆったりとしたリズムでキューバの人々の暮らしを綴る。胸にじんとしみわたる曲だ。5曲目「マミ・メ・グスト」はアルセニオ・ロドリゲスの曲。ルベーン・ゴンザレスのピアノ・ソロが聴ける。6曲目「最後のデート」は失恋の曲。ゆったりとしたボレロだ。

そして7曲目。このアルバムで俺が一番好きな「シエンフエゴス」だ。「シエンフエゴス・ティエネ・ヤ・ス・ワワンコー」、「シエンフエゴスという土地にはワワンコーという素晴らしい音楽があるのさ!」と高らかに歌い上げるこの曲は、音楽の素晴らしさを理屈なく伝えてくれる。8曲目「シレンシオ〜静寂」はボレロで、オマーラ・ポルトゥオンドとのデュエットが楽しめる。9曲目「あの緑の瞳」も静かな曲だ。10曲目「なんと上手なあなたの踊り」は、タイトルどおりのダンサブルな曲。ビッグ・バンドによるゴージャスな響き。これぞ、まさに、イブライム・フェレールの独壇場だ。

アルバムの最後を飾るのは11曲目「コモ・フェ」。切ない恋の歌だ。このアルバムは1999年に発表された。このCDはワーナーミュージック・ジャパンから発売された日本版だ。

2003.7.19