Buena Vista Social Club / Buena Vista Social Club (Ry Cooder)
「イ・トゥ・ケ・アス・エチョ?」邦題「私の花に何をした?」を聴きながら思いをめぐらせている。ライ・クーダーとコンパイ・セグンドの出会いはどのようなものだったのだろうか。二人はお互いの生まれ、音楽体験、人生のいろいろを話し、共感を深め合ったに違いない。アメリカとキューバ。複雑な歴史の流れの中で、偶然か必然か、この二人は出会い、ギターを弾き、歌った。心がとろけそうになるこの優しいサウンドに、二人が過ごした至福のひと時の片鱗を、俺も共に体験しているような錯覚に陥る。
映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」は俺にすさまじい感動を与えてくれた。評判の高いこの映画を以前から気になっていたのだが、いわゆる商業ベースには評されることが少ないので、どんな内容の映画かを知らずにDVDを借りてきて自宅で見た。映画の冒頭は、ドキュメンタリー風にだらだらとしたシーンが続く。風体のあがらない爺さん婆さんが、鄙びた田舎町を歩き回り、「このあたりにあったはずだ」と町の人に尋ねてまわる。筋書きが飲み込めてないので、次第に眠気が襲ってくる。インタビューを中心に、断片的な情報が映像として記録されている。と、突然、この爺さん婆さんがキューバのミュージシャンたちであり、昔の仲間が集まって再び音楽をやろう、というストーリーを理解した。それからは、あふれ出る涙を抑えきれなくなった。おんおんと情けない声をあげ、映像がひんまがって見えるほどの涙があふれ、手にしたハンカチはずぶ濡れになった。
キューバ革命については、様々な評価がある。日本にいる我々が、キューバの人々がどのように感じているのか、本当のところを知る由もない。しかし社会の大きな変革の中で、時代の波に押し流されて音楽から身を引き、忘れ去られようとしてたミュージシャンがいたことは事実である。そして年老いた彼らが、もはや有り得ないだろうと思う状況の中で、生真面目であるが故に売れないアメリカ人ギタリストの手によって再び集まり、音楽をやろうとしたこと。多少とも音楽に関わりを持ったことのある者なら、激しい感動を覚えるはずだ。
だが、いま、コンパイ・セグンドは遠い世界へ旅立ってしまった。このアルバムには、コンパイ・セグンドとライ・クーダーが隣り合ってソファに座り、ギターを弾く写真が、ある。「ここにあるのはキューバの中で生きて動いている音楽であって、たまたま入った博物館に陳列してあった何かのかけらなどではない。自分がさんざん練習を重ねてきたのはすべてこのためだったのだと感じた。それにしても1990年代のうちにこのようなレコードを作れるとは予想していなかった。音楽は宝探しに似ている。掘り下げれば掘り下げるほど、何かが見つかる。音楽はキューバを河のように流れている。人は音楽の世話になり、音楽によって徹底的に作り直される。このレコードにかかわったすべての人々に深く感謝したい。」ライ・クーダーはこのアルバムのライナーに、こう記している。音楽に対して、ミュージシャンに対して、あくまでも誠実であろうとするライ・クーダーの姿勢が、ここにある。ライは今、どのように感じているのだろう。
アルバムの紹介に移ろう。1曲目「チャン・チャン」は映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」を代表する名曲だが、これはコンパイ・セグンドの作曲によるものだ。この作品を書いたとき、彼は89歳だったとある。キューバの音楽「ソン」のスタイルだ。繰り返されるコードとメロディーが、永遠の時の流れを紡ぎだすかのようだ。2曲目はイブライム・フェレールをヴォーカルに迎え、コンパイ・セグンドはギターに徹している。曲名の「デ・カミーノ・ア・ラ・ベレーダ」は訳すと「道を踏み外すな」という意味で、道徳的な意味を持っているように思われるが、内容は男と女の恋の歌だ。どうも「また道を踏み外しちゃったな。仕方ないなあ」という程度の軽い意味に感じるのだが、どうだろうか。3曲目「エル・クァルト・デ・トゥラ」は思わず体が動き出すような軽快な曲。歌詞も他愛のない軽いもの。4曲目にインストゥルメンタル曲「プエブロ・ヌエボ」がある。ピアノはルベーン・ゴンザレス。当時77歳とのことだ。映画で見た飄々たる演奏の姿、そしてそのユニークなメロディーから、長年ピアノを愛し弾き続けてきたことがよくわかる。ユーモアあふれたフレーズに、思わずニヤリとさせられる。5曲目の「ドス・ガルデニアス」は恋の歌だ。イブライム・フェレールが心を込めて歌う。素晴らしい、の一言に尽きる。6曲目はコンパイ・セグンドのボーカルで「イ・トゥ・ケ・アス・エチョ?」だ。ただ、ひたすら、優しさが込み上げてくる。
7曲目は女性ボーカリスト、オマーラ・ポルトゥオンドが歌う。これは悲しい恋と別れの歌だ。ギターとセカンド・ボーカルをコンパイ・セグンドが担当している。8曲目「エル・カレテーロ」は、グアヒーラと呼ばれるスタイルで、キューバのブルースと言われているそうだ。アルバム解説には「実はスペインの伝統を引いている」とある。9曲目「カンデラ」は再びダンサブルな楽しい曲。イブライム・フェレールがボーカルをとる。10曲目「アモール・デ・ロカ・フベントゥッド」と11曲目の「オルグリェシダ」では、再びコンパイ・セグンドのギターとボーカルが楽しめる。「アモール・デ・ロカ・フベントゥッド」の邦題は「青春時代のいい加減な愛」。若き日の甘い思い出を歌っている。「オルグリェシダ」もいい曲だ。この曲はコンパイ・セグンドの持ち歌らしい。これも愛の歌だ。12曲目「ムルムリョ」はイブライム・フェレールによるバラード。ピアノはルベーン・ゴンザレス。13曲目はインストゥルメンタル曲で「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」。「ブエナ・ビスタ」は「美しい眺め」の意味で、ハバナ東部の丘にある実際にあったクラブの名前らしい。14曲目、アルバムの最後を飾るのは「ラ・バヤメーサ」。アルバム解説によると「歌詞は、1868年の革命戦争で真っ先に解放された町バヤーモに住む1人の女が、スペイン人の手に渡すくらいならと自分の家に火を放つという内容になっている」とのことだ。ボーカルはマヌエル・プンティリィタ・リセアとイブライム・フェレール。コンパイ・セグンドはギターとボーカルで、ルベーン・ゴンザレスがピアノで、オルランド・カチャイート・ロペスがベースで参加している。
もちろん、ほとんどの曲でライ・クーダーがギターを弾いている。このアルバムは1997年に発表された。このCDはノンサッチ/ワーナー・ミュージック・ジャパンから発売された日本盤だ。
2003.7.17