子どもの頃に愛用していたピアノを、実家で捨てられて悲しんでいる友人がいる。今の家には電子ピアノがあるのだが、やはり弾き心地が違うという。もちろん職業ピアニスとではないし、それほど熱心に練習しているわけでもなさそうだが、たまにであっても実家で弾くのが楽しみだったらしい。その気持ちはよくわかる。ピアノに限らずおよそ楽器というものは全体で音を出すものだからだ。
例えばギターには6本の弦があって、その一本一本を意識しながら弾いている。しかしたとえ1弦だけを弾いたとしても、その振動はナットとブリッジに伝わってボディ全体を震わせるとともに、他の5本の弦をも共振させているのだ。それらが全体となって一本のギターが音を出したということになる。電子楽器はこういう共振をしないので、どうしても音が薄っぺらになりがちだ。だからエンジニアは位相を変化させたりリバーブを深くかけたりして擬似的に音のゆらぎを作り自然の音に近づけようとした。
さてしばらく、ダグマー・クラウゼ関連のアルバムを紹介することにしよう。このアート・ベアーズArtBearsは、ヘンリー・カウHenryCowの発展形ともいうバンドで、クリス・カトラーChrisCutler、フレッド・フリスFredFrith、ダグマー・クラウゼDagmarKrauseの3人が1978年から活動した。同年にファーストアルバム「ホープス・アンド・フィアーズHopesAndFears」を発表し、このアルバムはセカンド・アルバムにあたるものだ。
ダグマーのヴォーカルはヘンリー・カウの頃に比べてより表現力を増し、深みを帯び、鬼気迫るものがある。全体的にダグマーの歌を前面に出した作りで、彼女のファンには好まれるアルバムだろう。作曲はクリス・カトラーとフレッド・フリスの共作名義となっている。印象的なドラムが曲の雰囲気を決めていて、ヘンリー・カウにおけるクリス・カトラーの役割を再認識する。サウンドは重く、実にヘヴィーだ。フレッド・フリスは多彩ぶりを発揮し、ギター、バイオリン、キーボード、シロホン(木琴?)を使ったとクレジットされている。A面最後の「ラッツ・アンド・モンキーズ」ではフレッド・フリスならではのアヴァンギャルドなギター・プレイが楽しめる。
このアルバムは1979年に発表された。ArcadesMusic/ReRecordsから発売された英盤のアナログレコードだ。こいつも歌詞と訳詞を見ながらじっくりと聴き込めたら最高なんだが。
2000.6.21