Fly / Yoko Ono


スラップ・ハッピーのダグマー・クラウゼに始まり、このところ俺のお気に入りの女性ボーカリストを紹介しているが、この人はキワメツケだと言えよう。実際これを学生時代に聴いたときは恐かった。自分に理解できないものに出会った恐怖を感じた。だいたいジャケットからして恐ろしい。もちろん音楽も恐ろしい。なんだか訳のわからない恐ろしい音楽、しかも2枚組みときたから恐ろしさも倍増だった。

1.Midsummer New York
2.Mind Train
3.Mind Holes
4.Don’t Worry Kyoko
5.Mrs. Lennon
6.Hirake
7.Toilet Piece / Unknown
8.O’Wind ( Body Is The Scar Of Your Mind )
9.Airmale
10.Don’t Count The Waves
11.You
12.Fly
13.Telephone Piece


若い頃の俺には、ただただ「恐ろしい」音楽だったが、今聴くとまた違った印象がある。もちろん「恐ろしさ」は未だに本物なのだが、例えば、だ。12曲目のタイトル曲「フライ」。若い頃はこれを「音楽」だとすら思わなかった。しかし、ここには伝えたい表現の固まりがぶつけられている。詞がなければ歌でないとは言わせない。この曲を大きな音で聴いてみろ。オノ・ヨーコの息遣いまでもが聞こえてくる。

比較的わかりやすいのは「ミッドサマー・ニューヨーク」「マインド・トレイン」「ミセス・レノン」「ヒラケ」だろう。特に「ミセス・レノン」は普通の(?)曲で、このアルバムの中では逆に異様に感じられる。おそらくベトナム戦争を指しているのだが、戦争に行き腕をなくした夫、しかし無事に妻のもとへ帰ってこれた喜びを歌ったものだ。

「ドント・ウォリー・キョーコ」は学生時代の私にもわかりやすい程度のねじれ具合で、このアルバムの中ではよく聴いた曲だ。まるで民謡のような節回しで「どんおり、どんおり、どんおり」と繰り返すフレーズに呪術的な魅力を感じる。「オー・ウィンド」もエスニックな雰囲気のある曲で、タブラという打楽器が使われており、アフリカのイメージがある。

ディスク2枚目になると、そこには音楽かどうかの境界にあるようなサウンド・コラージュになってくる。そして「フライ」。恐ろしい。よくこんな録音ができたと思う。夜中に聴くと周りの空気が凍りついてくる。そして商業ベースに発売ができたことが信じられない。オノ・ヨーコの声は地獄から聞こえる断末魔の叫び声、人間のあらゆる苦しみや悲しみ、恐れを体現するかのようだ。

このアルバムは1971年に東芝音楽工業株式会社から発売された日本盤のアナログレコードだ。


2000.1.24